糸島市長 月形祐二インタビュー

 本誌編集長が最近気になる福岡県内の市町村を訪れ、その代表である市町村長に本音でインタビューをしていく新連載の第2弾。
 今回は衣食住情報において、今や県内はおろか全国から注目され、地域ブランドとして確固たる地域を築いている「糸島」。最新のグルメ情報やおでかけ情報のニュースも多く、数々のメディアが特集をしたり、こぞってガイドブックが発行されたりするほど観光地としての人気も高いこのエリア。その立役者であり、この地で生まれ育った生粋の糸島っ子でもある、糸島市長・月形祐二さんを直撃取材してきました。

     ちょうど取材日は還暦を迎える誕生日の前日ということで、おめでとうございます!まずは還暦になられる感想と抱負をお聞かせください。
 記念すべきタイミングで取材いただき、本当にありがとうございます。20歳、40歳を経て、60歳と。20年ごとに迎える人生の節目の歳を迎え、「今まで培ってきたものを次世代に還元する」、そういう世代にようやく仲間入りをしたんだと実感しています。まずはその想いのままに二期目となる市長職を立派に成し遂げること。これが最大の使命ですし、個人的な抱負でもあります。そして、その職を卒業するときがくれば、学生時代にずっとやっていたヨットをして、海に戻りたいなぁという思いもありますね。やっぱり、ずっと糸島で育ってきて、海が近くにあって、最高の環境が整っていますからね。私は西南中学校に入学するときに、はじめて糸島を出たんですが、当時の糸島のみんなのイメージは「なにもない田舎」という感じでした。でもね「福岡市内にない環境があって、芦屋、鎌倉にも負けないポテンシャルを持っているんだ!」という思いがずっとあって、それこそが私の政治の原点なんです。
     糸島ブランドは今や全国に知られる存在ですね。初っ端から難しいのを承知で聞きますが、その数々ある糸島の魅力の中でも、市長が選ぶ「糸島の良さ」を3つ上げるとしたら?

 3つって言われると本当に難しいよね(笑)。まず真っ先に思いつくのは、糸島は市町村が合併したことによって、南側に山、真ん中には都市と田園、そして北側には海というワンセットが揃い、暮らしを豊かにしてくれる土台が整っているというところですね。これが第一に素晴らしいところだと思っています。そこには四季の美しさがあって。春には田んぼに水が張られ、大空と山々を映し出す「大地の鏡」ができ、それが夏になると山と空と海が一体となって青々と生気がみなぎる「緑の大地」に変わり、秋になるとそこには黄金色の稲穂が輝く「黄金の絨毯」になって実りをもたらし、紅葉を迎えた後には、ゆっくりとまた元の大地の茶色に戻りながら、真冬の山々では雪景色も味わえるという。福岡から電車でたった30分足らずの位置にありながら、四季折々の風情を思う存分楽しむことが出来るという点は最大の魅力のひとつですね。
 それから二つ目は、山・都市・田畑・海がワンセットになったその貴重な地形のおかげで、豊富な農林水産物が生まれる天然の土壌があるというところですね。米、麦をはじめ、キャベツ、ブロッコリー、イチゴに魚介類・・・など数かぎりない農林水産物が生まれるこの大地を、私は「奇跡の大地」と呼んでいるんです。豊かな山と川から養分をたっぷりと含んだ水が田畑や海へと運ばれることで多くの農産物を生み出し、さらにその養分をたっぷりと含んだ筑前海では暖流と寒流の合流地点でもあることから冬のカキに代表されるような多種多様な海の幸にも恵まれているというところがスゴイところなんです。また、海が近いので冬でも霜が降りないから作物ができるという点も含めて、本当に「奇跡の大地」なんです。
 そして何より、長い歴史と高い知識を持って、その土壌を育ててきてくれた人と歴史があったからこそ、いまこうやって「糸島」というブランドが全国から支持されるようになったんです。この素晴らしい「人と歴史こそが3つ目の宝だと思います。

     本当に「奇跡の大地」ですね。その土台を元にここまで全国から注目される場所になった要因はなんだったんでしょうか。
 実は糸島は開発という観点では大変遅れた地域だったんです。福岡市内から西へ行くと長垂山から景色が一変するでしょう。右には海が広がり、左には山々がそびえ立つ。訪れる人が「あ、糸島に入ったぞ!」と感覚で判断してもらえるくらい、まったく別の世界が急に広がる印象がみなさんもあるでしょう。そんな地形が残ったのも、すべては開発が遅れたおかげ。そのおかげで「奇跡の玉手箱」になったと思うんです。
 だからこそ、『サンセット』の林さんなど、この糸島という土地を愛して、その「糸島愛」のエネルギーで頑張ってくれている人たちがたくさん現れ、その人たちにみんなが惹かれるから観光が盛り上がってきたんだと思います。
 もともと伊都国と志摩国があって、それがひとつになって糸島なんですよね。行政上の区分はもちろんありますが、糸島半島全体の魅力こそが糸島ブランドなんだと思います。それぞれが手を取り合って、みんなで発展できればそれが一番良いことだと思っています。志摩には海があって、前原には山があった、それがひとつになったことがまずはじまりで。そこへもともと地元ではない、外からの移住者がたくさんやってきて、地元民では当たり前すぎて気づかなかった糸島の良いところを発見して、外に向けて発信してくれたことも大きかったですね。
 温泉街があったり、アミューズメント施設があったりするわけではないけど、多くの方々がモノづくりや店づくりをしてきてくれたおかげで、知らない間にあちらこちらにお店がたくさんできるようになって、「来るたびに新しい発見がある」というイメージができたんですよね。糸島を半日かけてウロウロしてみれば、誰も知らないような「自分だけの場所」「自分だけの糸島」に出会うことができる。そんな糸島ならではの喜びを与えられるようになれたのも、みんな「顔」がみえる「想い」が伝わる、糸島の風土のおかげだと思っています。
 それから忘れてはいけないのが「知」の拠点である九州大学が移転してきたこと。若い人たちがずっと入ってきてくれて、いろいろな発信をしている。その若い考え方をずっと取り入れていくことができるというところは将来的にみても大変大事なところになるなと考えています。さらには全国はもとより、海外からも大学を通して糸島にやってきてくれている。その方々が糸島で暮らし学ぶことで、糸島を「第二の故郷」としてずっと愛してもらえる。
 これからアジアを中心とした海外へ「糸島ブランド」をどんどんと発信していかないといけない。「糸島の未来」につながるチャンスをいただけていることも要因のひとつだと実感しています。


     子育て世代が一番住みたい場所としても、とあるランキングで一位でしたが、どのような取り組みにチカラを入れられているんですか。
 いろいろな取り組みを行なってきましたが、一番は教育だと思います。九州大学との『九大寺子屋』や『伊都塾』など、学びの場を創出する取り組みを進めています。九大生が「自分たちが何をいま勉強しているか」を小・中学生に教えることを通して、いま学校で学んでいることが将来どんなことにつながっているのかを学んでもらう機会になります。そうやって学習支援や子育て支援事業を行なっていることが、少しずつ実を結びはじめているのだと思います。
 私が中学で福岡市内に出た時もそうでしたし、学生時代にアメリカへ行ったときにも痛感したんですが、自分が生まれ育った糸島のことについて「何も具体的に自分の言葉で語れなかった」ことが非常に悔しかったし、恥ずかしかった。だから、市長になって思うことは、糸島で育った子たちには自分の言葉で故郷を語れるアイデンティティーをしっかりと持ってもらえるようになってほしいと思いました。それで『いとしま学プロジェクト』という糸島の歴史と産業をしっかりと学んでもらえる取り組みを小・中学校で始めました。ここから糸島の将来を担う人材が生まれてくることを期待しています。
     市長が第一期目から掲げてきたテーマは何ですか。
 まずは「糸島のブランドづくり」ですね。これを一期目の4年間でしっかりと取り組んできました。そのブランドを推進していくことで、生産者の所得をアップさせて、産業として成り立つように、特に関東や関西にプロモーションをかけていきました。『伊都菜彩』の効果も大きいですが、糸島の産品をさらに外の人にも知って使って食べてほしいという想いでブランド化にチカラを入れてきた結果、糸島産野菜だったり豚肉だったり、飲食店でのキャンペーンにも広く使っていただけるようになりました。そのおかげか、最近では「糸島に来たい」という人が増えてきて、人口増加にもつながりましたし、なにより、糸島に住んでいるみなさんが「こんな素敵なところに住んでいるんだぞ!」という誇りを持ってもらって、自らも発信していってくれるようになったことが、一番の成果ではないでしょうか。その市民の発信が移住者のみなさんの発信とひとつになって相乗効果が生まれたんだと思います。そうやって糸島ブランドに関わる一人ひとりが、「顔」が見えるおつきあいで信頼を築き、その上で生産者の「想い」まで一緒に届けようと努力してきた結果でもあると思います。その第一段階がようやくカタチになり、今はその次のステージへ向かって動きはじめています。
     糸島ブランドの第二ステージ。さらに未来へということですね。
 関東をはじめ東北や関西など、国内の都市圏では認知された。その距離感でいけば、やはりこれからはアジアの玄関口として、海外へ向けてどんどん発信して、交流を深めていくことが大切だと思っています。九州大学が移転してきたことでたくさんの留学生が暮らしてくれていますし、その方々を「いとしま国際観光大使」に任命して、糸島の情報発信のお手伝いもしていただいています。この土地は古代からアジアの玄関口だったわけですから、2000年のときを経て、アジアを中心とした海外からの新たな玄関口として、潤いと憩いがある土地になれるようにしていきたいと考えていますし、海外へのプロモーションを強くしていきたいと思います。

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